そっとツイート/ブコメ延長戦

ブロ家もすなる日記といふものを、ブクマ家もしてみむとてするなり。

「死は遍在する」(死のイメージver.2026)

【追記】タイトルの文字変換間違ってたね… 【✕】偏在→【◯】遍在 意味が真逆だw(もちろんアニメ『serial experiments lain』由来のタイトルなのだが…w)

…などと悟ったような事をトイレでスマホを見ながら考えていたw
今夜は眠れたかなと思ったら尿意で起きてしまって今に至る。
老化現象である。
中年の危機。

戦う哲学者が脳出血を経て行き着いた「死んで、かつ死なない」境地…20歳から60年恐れた「死後の永遠の無」は錯覚だった?


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mame-tanukimame-tanuki
帯的イメージの客観的時間→瞬間を主観的に拡張するイメージの時間=永遠の無という恐怖からの解放/「私」の主観が世界の全て/「知的な累積の抑圧と横暴から逃れる」(鈴木大拙『禅』ちくま文庫、p.65)。

2026/10/07 02:44

死ぬのがあまり嫌ではなくなった"戦う哲学者"が、じわじわとわかるようになった「私はこの体の中にいる」という幻想


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mame-tanukimame-tanuki
カント哲学の中島義道氏(80)。左半身不随。p3まで老哲学者の愚痴w/禅の道元や臨済の吾我、カントの「超越論的統覚」、鈴木大拙「悟りは平凡」、道元「修証一等」、西田幾多郎「絶対矛盾的自己同一」/みんな嘘、無w

2026/10/07 02:04

最近、なんとなく腹落ちする「死のイメージ(2026年版)」が形になって来た気がする。
時間が不可逆的である以上、一瞬一瞬、自分は死んでいるようなものだ、と。
寝落ちしてハッと気付いた時、「あ、俺いま死んでたわー」という感覚は正しくて、「寝落ちする前の自分」は死んだのだ。

もう取り戻す事はできない。

瞬間瞬間を生き、瞬間瞬間に死ぬ。

bukumaka.hatenablog.jp

 

禅問答はよく分からないけども、例えば、「死が怖いって、要は死が未経験だからじゃないっすかね?例えば、時間は元に戻せないから、昨日の自分とか1分前の自分には戻れない。それが死ぬってことなんじゃないっすかね?そう考えたら死が分かったってことになるんじゃないすかね?」って生成AIに聞くと、「それはまさに禅における前後際断の教えにつながります。過去への執着や未来への不安をすっぱりと断ち切り、今この瞬間に全力を尽くすという意味の禅語です」とか答えるわけ。

これがスマホの画面に出たAI生成の答えじゃなくて、お寺で坐禅してる時に背後から立派な僧侶に凄くイイ声で囁かれたら、「すげー、もう死が怖くないかも!」とか納得すると思うのよ。

そりゃ、Appleコンピュータの故・スティーブ・ジョブズだって、「ZEN 、すごい!」と思って、伝説的なスタンフォード大学スピーチで「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことは本当にやりたいことだろうか?」とか語っちゃうと思うんだよね。 https://p.hatena.ne.jp/p/1543598858049687552/t/1543598859282812928#_r_1550491134449422336

日々に死を経験している、と思う。死を思う、特別な一回の終点としてではなく。

それは「ネット上の死」も同じである。死は常にそこにある。

"はてなパークスの"baikoku_senseiに、R.I.P.

【関連記事】

bukumaka.hatenablog.jp

M・エンデ『モモ』リニューアル

Kindle版

約半年前の今年の3月には岩波少年文庫版でプレゼントカバー配布とかもやっていた模様。

ミヒャエル・エンデ作品というと、個人的には『はてしない物語』の方が印象深い。

Kindle版

丸い町、四角い町

あと、都市(およびその前身の集落)の範囲が丸くなるのは、ナーロッパに限らず古今東西に普遍的な気がする。 古代中国(特に華北系?)の方形都市計画志向が単に異常な気がする。たしか中世の上海とかも、歪な円形の都市を形成し、方形ではなかったような。 華北系王朝の下に政治的に計画された都城ではなく、自然発生的な商業都市的性格だからだろうか。知らんけども https://bsky.app/profile/mametanuki.bsky.social/post/3mx2vcfrnr22u

いつか、しっかり勉強しておきたいものだ。

『かげきしょうじょ!!』17巻、購入

Booklive で購入

来年の夏が心配、2026年の関東の夏はヌルゲー過ぎた

今年は夏が短く感じた。 酷暑が短かった。 お盆前の寒さ

bukumaka.hatenablog.jp

9月の長雨で残暑カット。

異常というより、懐かしさ。 このぐらいが本来の夏だった気がする。 まだ酷暑を知らなかった昭和の夏、感。

でも恐らく、来年からはまた令和の夏が戻って来る。 そして恐らく、2026年のような夏は、もう二度と来ないのではないだろうか? 来年の夏が恐ろしい…